大判例

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東京高等裁判所 平成7年(ネ)3540号 判決

控訴人

社団法人共同通信社

右代表者理事

犬養康彦

控訴人

株式会社沖縄タイムス

右代表者代表取締役

新川明

控訴人

株式会社茨城新聞社

右代表者代表取締役

後藤武一郎

控訴人

福島民友新聞株式会社

右代表者代表取締役

木下隆

右四名訴訟代理人弁護士

手塚裕之

櫻場信之

新川麻

石本茂彦

矢嶋雅子

佐藤丈文

控訴人

株式会社スポーツニッポン新聞東京本社

右代表者代表取締役

牧内節男

右訴訟代理人弁護士

田村公一

小原健

榎本哲也

椎名茂

朝比奈秀一

被控訴人

甲野一郎

主文

一  原判決中控訴人株式会社沖縄タイムス敗訴部分を取り消す。

二  右取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

三  原判決中控訴人社団法人共同通信社、同株式会社茨城新聞社、同福島民友新聞株式会社及び同株式会社スポーツニッポン新聞東京本社に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人株式会社茨城新聞社及び同社団法人共同通信社は、被控訴人に対し、各自金一〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人福島民友新聞株式会社及び同社団法人共同通信社は、被控訴人に対し、各自金七万円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人株式会社スポーツニッポン新聞東京本社及び同社団法人共同通信社は、被控訴人に対し、各自金三万円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人の右各控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人株式会社沖縄タイムスと被控訴人との間に生じたものは、被控訴人の負担とし、控訴人社団法人共同通信社、同株式会社茨城新聞社、同福島民友新聞株式会社及び同株式会社スポーツニッポン新聞東京本社と被控訴人との間に生じた分は三〇分し、その一を同控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立て

一  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人が控訴人株式会社沖縄タイムス(以下「控訴人沖縄タイムス」という。)、同株式会社茨城新聞社(以下「控訴人茨城新聞社」という。)、同福島民友新聞株式会社(以下「控訴人福島民友新聞」という。)及び同株式会社スポーツニッポン新聞東京本社(以下「控訴人スポーツニッポン」という。)に対し、同控訴人らがそれぞれ発行する新聞の昭和六〇年九月一三日付けの紙面の記事によって名誉を毀損されたとして、それぞれ不法行為に基づく損害賠償(各三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の昭和六〇年九月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金)を請求し、また、右各記事を配信した控訴人社団法人共同通信社(以下「控訴人共同通信社」という。)に対して、不法行為に基づく損害賠償(控訴人沖縄タイムスの記事に付き三〇〇万円、控訴人茨城新聞社の記事に付き二〇〇万円、控訴人福島民友新聞及び控訴人スポーツニッポンの記事に付き各一〇〇万円及び右各金員に対する前同様昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金)を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  控訴人沖縄タイムスは、昭和六〇年九月一三日付けの「沖縄タイムス」紙に、「Yの周辺うろつく」「甲野口封じに圧力か」という見出しを付した原判決別紙1の記事を掲載した(甲一)。

2  控訴人茨城新聞社は、同日付けの「茨城新聞」紙に、「甲野、陰湿“口封じ”」「一美さん殴打、共犯・Yに圧力」「周辺うろつき脅迫も」という見出しを付した原判決別紙2の記事を掲載した(甲二)。

3  控訴人福島民友新聞は、同日付けの「福島民友」紙に、「甲野が“無言の圧力”」「Yの周辺うろつく、一美さん殴打事件」「捜査を察知、口封じ?」「只見の実家にも脅迫電話」という見出しを付した原判決別紙4の記事を掲載した(甲四)。

4  控訴人スポーツニッポンは、同日付けの「スポーツニッポン」紙に、「4〜7月にYの周辺に出没」「甲野が無言の圧力」という見出しを付した原判決別紙3の記事を掲載した(甲三)。

5  控訴人共同通信社は、昭和六〇年九月一二日、原判決別紙5の記事を右各控訴人らに配信した。右1ないし4の各記事は、控訴人共同通信社が配信した記事を基礎に作成されたものである(乙三。以下、この配信記事を「本件配信記事」といい、前記1ないし4の記事を「本件掲載記事」あるいは「本件各掲載記事」という。)。

6  昭和五六年八月一三日、アメリカ合衆国ロサンゼルス市内のホテルにおいて、被控訴人の妻甲野一美(以下「一美」という。)が兇器で殴打されて負傷する事件が起こった(以下「殴打事件」という。)。被控訴人は、昭和六〇年九月一一日、右殴打事件について、殺人未遂容疑で逮捕され、その後、殺人未遂罪で公訴を提起され、昭和六二年八月七日、東京地方裁判所において有罪判決を受けた。右判決では、被控訴人は、Y(以下「Y」という。)に対して、殺害の手順等を指示し、Yが一美殺害の実行行為をしたが、傷害を負わせただけで殺害の目的を遂げなかったという事実が認定されている。被控訴人は、右判決に対する控訴をしたが、平成六年六月二二日控訴を棄却され、さらに、被控訴人は、上告して無罪を主張している。(乙八、一七の1ないし3、二七、二八の1、2、二九の1、2、三〇、弁論の全趣旨)

二  (争点―控訴人らの主張)

1  本件訴訟は二重起訴に当たるか。

(控訴人スポーツニッポンを除く控訴人ら(以下「控訴人共同通信社ら」という。))

被控訴人は、本件配信記事に基いて作成された株式会社東京タイムズ社(以下「東京タイムズ社」という。)の記事の内容が被控訴人に対する名誉毀損に当たるとして訴えた損害賠償請求事件についてすでに勝訴判決を得て、同判決は確定している。控訴人共同通信の配信行為と配信先の新聞社の本件各掲載記事の掲載行為とは社会観念上一個の行為であり、右東京タイムズ社の記事について確定判決を経ている以上、本件訴訟は、二重起訴に当たり却下を免れない。

2  本件各記事は、その内容、表現等からみて被控訴人の名誉を毀損するか。

(控訴人共同通信社ら)

本件各掲載記事は、被控訴人がYに対して無言の圧力を加えたことを捜査当局が一つの可能性として捜査中であることを客観的に報じているだけであって、被控訴人の行動について断定的な印象を与えるものではなく、被控訴人の名誉を毀損するものではない。

また、被控訴人は、殴打事件の犯人であり、これは被控訴人に対する刑事事件で有罪判決があることからも証明されている。被控訴人が自己の犯罪を隠蔽するために共犯者のYの口封じをしようとしたという事実は、殴打事件の一側面を示す事実に過ぎず、被控訴人が殴打事件の犯人であるという社会的評価に包含され、殴打事件の犯人であるという社会的評価がされている被控訴人の社会的評価をさらに別個に低下させるものではない。

(控訴人スポーツニッポン)

同控訴人の本件掲載記事は、被控訴人がYのアパート周辺に現われていたという事実に基き、被控訴人がYに口封じをしようと圧力をかけた可能性があること、それについて捜査当局が捜査中であることを報道したものに過ぎず、被控訴人の行動を断定したものではない。また、右報道の主要なテーマは、Yの供述の紹介であり、被控訴人の行動に関しては二次的に指摘しているに過ぎず、すぐ隣の紙面で被控訴人が逮捕事実を全面否認していることを紹介している。

本件各掲載記事が掲載されたのは被控訴人が殴打事件で逮捕された二日後であり、すでに逮捕事実は各マスコミによって報道されていた。そのような状況で、被控訴人が共犯者の口封じをしようとしたという事実は、殴打事件で嫌疑をかけられているということ以上の意味はなく、新たに被控訴人の社会的評価を低下させることはない。

3  本件各記事の内容が真実であることの証明があるか。

(控訴人共同通信社ら)

殴打事件についての第一審刑事判決によればYの証言が被控訴人の有罪認定の決め手となっており、実行犯であるYの自供は共謀者の被控訴人にとって致命的であるから、被控訴人がYの口封じのために脅迫を行う蓋然性は高く、これに控訴人共同通信社の記者の取材結果を照らし合わせれば、本件記事の内容が真実であることの証明があったといえる。

(控訴人スポーツニッポン)

同控訴人の本件掲載記事は、被控訴人のYに対する口封じ(脅迫行為)があったことを断定するのではなく、単にその疑いがあるという限度で報道したもので、しかも、殴打事件について被控訴人は逮捕され、客観的容疑が存在し、本件記事はその逮捕時日に密接に関連する事実であるから、このような場合には、報道された事実については、合理的な疑いの存在を証明すれば、真実の証明があったものとして名誉毀損行為の違法性が阻却される。

4  控訴人共同通信社らが本件各記事の内容を真実と信じたことにつき相当の理由があるか。

(控訴人共同通信社ら)

控訴人共同通信社は、十分な取材に基いて本件配信記事を執筆し、配信したものであり、控訴人共同通信社らが、本件配信を真実と信ずるにつき相当の理由があった。

5  配信先の控訴人らが、本件配信記事を真実と信じたことにつき相当の理由があるか。

(控訴人ら)

通信社の社会的存在理由にかんがみれば、確立した信用と実績を有し、定評のある通信社が配信した記事に実質的変更を加えずに配信先が掲載した記事については、配信記事の文面上一見して内容が不正確不合理と判断される場合及び配信先が手持の情報から誤報であることを了知している場合を除いて、掲載記事が仮に真実に反する内容のものであったとしても、配信先には過失はない。配信先の報道機関は、配信記事の内容の真偽を確認するための独自の裏付け取材を行う義務を負うものではない。本件各掲載記事は、定評ある通信社の本件配信記事を実質的変更を加えることなく掲載したものであるから、その記事の内容が真実であると信ずるにつき相当な理由があった。なお、この法理は、米国では判例法として確立している。

6  殴打事件について被控訴人有罪の判決の存在及び本件各記事の掲載から長期間が経過したこと等の事情から本件訴訟が無意味・不当なものであるとか、被控訴人に損害が存在しないといえるか(東京高裁第二民事部平成七年九月五日判決に基づく主張)。

(控訴人共同通信社ら)

被控訴人の本件訴訟は、被控訴人に対する殴打事件の有罪判決が存在し、かつ、本件掲載記事が掲載されてから一〇年が経過していることにかんがみれば、訴訟自体無意味・不当なものであり、仮に本件記事が掲載当時被控訴人の名誉を毀損したとしても、その後一〇年を経過した現在においては、被控訴人の精神的損害は、損害賠償によって償うほどのものではない。

(控訴人スポーツニッポン)

仮に、本件記事がその掲載当時被控訴人の名誉を毀損したものであったとしても、その後、被控訴人に対して殴打事件及び銃撃事件(被控訴人が一美を銃撃によって殺害した事件)について有罪判決を受けたこと、Yに対して殴打事件の実行犯としての有罪の確定判決があったことなどの事情によって、被控訴人の社会的評価は、本件掲載記事による以上に低下しており、殴打事件に密接関連した事実を記載したに過ぎない本件掲載記事が被控訴人に与えた損害は現存しない。

7  東京タイムズ社による弁済によって本件の損害が填補されたか。

(控訴人共同通信社ら)

控訴人共同通信社らの本件掲載記事の掲載行為及びその基礎となった本件配信記事の配信行為は、前記の東京タイムズ社の記事の掲載行為とともに、被控訴人に対する共同不法行為となるものである。したがって、控訴人らの被控訴人に対する損害賠償債務と東京タイムズ社の損害賠償債務とは不真正連帯の関係にあり、東京タイムズ社が被控訴人に三〇万円を弁済したことによって、控訴人らの債務も弁済によって消滅した。

第三  争点に対する判断

一  争点1(訴の適法性)について

東京タイムズ社と被控訴人との間の損害賠償請求事件の確定判決の効力は、その当事者及び口頭弁論終結後の承継人に対してのみ及ぶのであって(民訴法二〇一条)、第三者である控訴人らに及ぶことはないし、東京タイムズ社の右損害賠償債務の支払によって控訴人らが免責されるものでもない。およそ右確定判決の存在によって、本件訴が不適法となる理由はない。よって、この点の主張は理由がない。

二  争点2(名誉毀損該当性)について

1  被控訴人は、本件各掲載記事は、被控訴人が殴打事件の犯人であるが故に共犯者のYに口封じをしようとしたものであると解するか、少なくともそのような印象を強烈に受けることになることが、名誉毀損の内容であると主張するが、むしろ右の殴打事件以外にYへの犯罪行為があったとの印象を与えるかどうかも重要な要素である。この観点から本件掲載記事を検討する。

2  本件掲載記事は、各社によって本件配信記事の引用範囲、見出しの付け方の違いはあるが、いずれも本件配信記事の一部又は全部を利用しているものである。本件配信記事の内容は、①被控訴人が昭和六〇年四月から七月ころにかけて、Yのアパートや勤め先の周辺に姿を現していること、②被控訴人は、以前にYに対して「俺を裏切れば親兄弟を殺してやる。」などと脅迫したり、Yの実家に脅迫めいた電話をかけており、そのためYが殴打事件後おびえたような態度をとることが多くなって、昭和五九年、Yが殴打事件を警視庁に告白して以後谷川温泉のペンションに身を隠していることを事実として掲げ、捜査当局としては、③被控訴人が殴打事件の鍵を握るYに無言の圧力をかけようとした可能性がある、あるいは、④被控訴人のYの口封じを狙った陰湿な“脅迫”とみて裏付けをしているとして報道している。

3  本件各掲載記事の内容・体裁は、次のとおりである。

控訴人沖縄タイムスの本件掲載記事は、右の①の部分を引用したものであり、捜査当局が「無言の圧力をかけようとした」とみていると付記している。見出しは、「Yの周辺うろつく」「甲野口封じに無言の圧力か」というものであり、被控訴人が一美に異常な高額保険を掛けていたことの記事に続いて掲載している。

控訴人茨城新聞社の本件掲載記事は、本件配信記事の全部をリード部分及び本文部分に引用し、見出しは、「甲野、陰湿“口封じ”」「美さん殴打 共犯・Yに圧力」「周辺うろつき脅迫も」というものであり、本件掲載記事に続いて、「結婚話と報酬でYを誘う」という見出しの記事がある。

控訴人福島民友新聞の本件掲載記事は、本件配信記事の全部をリード部分及び本文部分に引用し、見出しは、「甲野が“無言の圧力”」「Yの周辺うろつく 一美さん殴打事件」「捜査を察知、口封じ?」「只見の実家にも脅迫電話」というものであり、本件掲載記事に続いて、「当初短銃射殺を計画 Yに指示近くで撃てばできる」という見出しの記事、「Yは利用された実家の父甲野に怒り」という見出しの記事を併せて掲載している。

控訴人スポーツニッポンの本件掲載記事は、殴打事件に関するYの自白内容を紹介する本文に続いて、本件配信記事の前記①②④の概要を記載している。見出しは、「Y殺意をみとめる」「報酬は「四〇〇〇万円」と「結婚」」「4〜7月にYの周辺に出没」「甲野が無言の圧力」というもので、「(警視庁特捜)本部は……、共犯者Yの口封じを狙った陰湿な“脅迫”とみている」というのが結びの文章である。そして、「黙秘せず自説を供述」という見出しで、被控訴人が自白していないことを報じた記事も併せて掲載している。

4  控訴人らは、本件掲載記事は、殴打事件の一側面を示す事実に過ぎず、被控訴人が殴打事件で逮捕され、その報道がされた状況においては、新たに被控訴人の社会的評価を低下させるものではないと主張する。

しかし、共犯者の口封じという事実は、その者がその共犯者と犯罪をしたことを推認させる事情であって、その事実を新聞紙上に摘示して報道することは、その者が当該犯罪の犯人であるとの印象を与えるものであって、そのこと自体人の名誉を毀損するものである。しかし、本件記事は共犯者Yの自白があった段階のものであり、被控訴人がYの口封じをしたという事実は、被控訴人が殴打事件の犯人であること(あるいは殴打事件の被疑者であること)の傍証となりうるが、さほど重大なものとはいえない。

むしろそれだけにとどまらず、特に陰湿な脅迫というような価値判断を含んだ文言が付加されるときは、その者の卑劣さを浮き彫りにする事実というべきであって、別に独立してその者の名誉を毀損する事実ということができる(刑法上、犯人の証拠隠滅は犯罪ではないが(同法一〇四条)、証人威迫は自己の犯罪についても犯罪となるし(同法一〇五条の二)、脅迫に当たる事実が犯罪になることもいうまでもない。)。すなわち、右記事は、殴打事件そのものの報道による被控訴人の名誉毀損とは別個に被控訴人の名誉を毀損するもので、被控訴人が殴打事件の犯人であることの立証ができ、あるいはそう信じることにつき相当の理由があったとしても、なお共犯者に対する脅迫と評価できる事実ないし脅迫となる旨の捜査当局の見解の存在についての真実性の立証等が必要である。

したがって、本件各掲載記事は、それが事実無根であるとすれば、被控訴人が殴打事件の犯人との根拠となる事実として被控訴人の名誉を毀損するとともに、口封じという行為自体の卑劣さを表現する点においても被控訴人の名誉を毀損する内容ということができる。

5  控訴人らは、本件各掲載記事は、被控訴人がYに対して無言の圧力を加え、ないし陰湿な“脅迫”をしたことを捜査当局が一つの可能性として捜査中であることを客観的に報じているもので、被控訴人の行動を断定したものではないと主張する。

新聞記事が人の名誉を毀損するかどうかは、本文の内容のみならず、見出しの文言、その体裁に加えて、その当時の社会状況も総合して、新聞の一般読者がその記事を読んだ場合通常受ける印象を基準に判断すべきである。右の捜査中であった事実が真実であったとしても、見出し等の表現によっては名誉毀損が成立する余地がある。その見地に立って本件各掲載記事を検討する。

本件各記事は、リード部分及び本文部分においては、本件配信記事の①②の事実を記載し(沖縄タイムスは①の事実のみである。)、捜査当局が③被控訴人がYに無言の圧力をかけたもの、あるいは④口封じを狙った陰湿な“脅迫”との見解の下に捜査をしているとしている(沖縄タイムスには④の記載はない。)。捜査当局の見解というものは、そのニュースソースが明らかであれば格別、抽象的な捜査当局の見解としての引用は、単に記事を書いた記者の主観的見解ないし評価であるおそれも大きい。しかも、本件各掲載記事では、その捜査当局の見解の部分を留保なく見出し(「甲野、陰湿“口封じ”」「甲野が無言の圧力」「周辺うろつき脅迫も」といったもの)として大きく掲げたものもある。「無言の圧力」程度の表現であればともかく、陰湿な“脅迫”という表現にまでなれば、一般読者に対して、被控訴人が自己の犯罪を隠蔽するために共犯者のYに対して脅追までもしていたとの印象を強く与えるおそれがあるものであって、単に客観的な捜査状況を報道しているものとは認められない。したがって、記事の内容の真実性、又は真実と信じたことの相当性の判断をすることなく、控訴人らに損害賠償責任がないと判断することはできない。

三  争点3(真実性の立証)について

1  名誉毀損については、当該行為が公共の利害に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であるとの証明がされたときは、その行為に違法性がないものとして、また、真実であると信ずるにつき相当の理由があるときは、行為者に過失がないものとして、それぞれ不法行為責任を負うことがないと解するのが相当である。

本件各掲載記事は、被控訴人の殴打事件(殺人未遂)に関連する事実あるいは被控訴人のYに対する口封じという証人威迫罪又は脅迫罪に当たる可能性のある行為として、当時公訴提起されていない犯罪についての記事であるから、公共の利害に関する事実であるということができる(刑法二三〇条の二第二項)。そして、本件各掲載記事の内容、体裁に照らせば、犯罪事実の報道としての範囲を逸脱しているとはいえないから、もっぱら公益を図る目的であることも認めることができる。

2  まず、真実の証明の対象となる事実を確定すべきである。これまで検討してきたところからすれば、本件掲載記事中の①の被控訴人が昭和六〇年四月から七月にかけてYの身辺をうろついたという事実及びこれがYに対する口封じのための圧力であったということであり、また②の被控訴人がYやその実家に対する脅迫行為ないし脅迫めいた電話をした事実並びに③又は④の捜査当局の見解の存在である。

3  右①の被控訴人が、渋谷区のYのアパートや勤務先の周辺で目撃されたことは、控訴人共同通信社の江渡記者が、Yのアパートや勤務先の関係者から取材して確認しており(乙一二、一三、一六、一九、三二、証人江渡)、被控訴人も、その当時、新たな店舗を開設する準備として、店舗の物色に不動産業者とYの勤務先付近に行ったことがあることを認めているから(被控訴人本人。ただし、Yのアパートや勤務先がどこであるかを知らなかったという。)、被控訴人がYのアパートや勤務先で目撃されたことは真実であったと認めることができる。しかし、単にYのアパートや勤務先の近辺で被控訴人が目撃されたことから直ちに被控訴人がYの口封じをする目的でそのような行動をしていたとか、そのことが脅迫にあたるといったことができないことはいうまでもない。

控訴人らは、Yの供述は被控訴人が殴打事件で有罪とされることにとって致命的なものになるから、被控訴人がYの口封じのために脅迫を行う蓋然性が高いというが、その点を考慮しても、前記の事実がやはりYに対する口封じのための脅迫行為に当たると断ずることができないこともいうまでもない。

また、本件掲載記事の②の事実、すなわち以前に被控訴人がYを脅迫した事実があるとか被控訴人がYの実家に脅迫めいた電話をしたという事実も、乙二二(矢澤義夫記者の陳述書)、同二三(矢澤記者の法廷証言)によって、その事実が訴訟上証明されていると判断することはできない(乙二〇の判決のこの点の判断に当裁判所は同調しない。)。また、Yの刑事事件における供述(丙一二、一四、一五の各1、2)は、Yが殴打事件を被控訴人から依頼されて承諾するに当たっては、被控訴人の脅迫があったという内容のものであるが、それが真実であったとしても、本件記事の内容である犯行後に被控訴人がYを脅迫したということに直接結びつく事実ではない。また、右Y供述からも、右の点の供述に変遷があることが窺われるし、共犯者が自己の犯罪事実を認めつつも刑事責任を軽減させようと共犯者の悪性を主張することはよくあることであり、右の供述をもって直ちに本件記事の内容の真実性の立証があったとすることはできない。

4  また、当時捜査当局が③及び④の見解を有していたと認定できるに足りる証拠は存在しない。

5  控訴人スポーツニッポンは、本件掲載記事が被控訴人の行為を断定的に記載せず、単に疑いがあるという限度で報道しているもので、当時被控訴人が殴打事件の容疑で逮捕されている状況では、殴打事件に密接に関連する事実である本件掲載記事についての真実の証明は合理的な疑いが立証されれば足りる旨主張するが、右記事は、そのような趣旨のものとはおよそ解することはできない。同記事に記載された事実及び捜査当局の見解の存在を同控訴人において証明すべきことは明らかである。

6  以上のとおり、本件各掲載記事の内容について真実の証明があったとすることはできない。

四  争点4(真実と信じたことの相当性)について

1  まず、前記の②のYが被控訴人から脅迫されていたあるいは被控訴人がYの実家に脅迫めいた電話をした事実について、控訴人らに真実と信じるにつき相当な理由があったかどうかについて検討する。

右事実については、矢澤記者が昭和五九年にある青年実業家から取材した結果であるというものであり(これは、記事として配信され報道もされた。乙二二)、また、江渡記者も昭和六〇年九月初めころYの友人である女性から取材中に話があったというのである。

右の矢澤記者の取材は、伝聞ではあるものの、相当に慎重に行われており、訴訟上その取材結果程度で被控訴人のYに対する脅迫行為の立証を認めることができないにしても、報道という特殊な場面(報道を受ける者の知る権利、報道の迅速性の要請等、報道はあくまでも一応の真実に過ぎないこと)を考慮すれば、そのような証拠もあるという程度にとどめ、確定的な事実として報道するのでなければ、真実であると信ずるにつき相当の理由があったとすることはあながち不当とはいえない。

2  次に、本件配信記事の①の事実について検討する。Yのアパートや勤務先の近辺に現れたことは真実であることは前記のとおりであり、これをYに対する口封じで、無言の圧力をかけたものとみるだけの状況証拠があったかどうかが問題である。前記三の3で検討したように、控訴人らが根拠とするところは、前記のとおり、矢澤記者が昭和五九年に取材した②と同様の内容の配信記事があること、江渡記者が昭和六〇年九月初めころ、Yと親しかった女性から、Yが被控訴人から脅されておびえていた様子だったことを取材したことである。

確かに、被控訴人がYのアパートや勤務先の近辺で目撃されたという事実から、被控訴人がYの口封じを狙って無言の圧力をかけているという判断をすることは、相当の飛躍がある。しかし、当時被控訴人が逮捕されたこと(したがって、被控訴人には殴打事件について嫌疑があるということ)、犯人であれば共犯者に対して隠蔽工作することは通常ありうること、共犯者の供述が決定的な証拠となること、Yが自白していること、を考慮すれば、大胆な推測ではあるが、一つの仮説として相当の範囲の表現にとどまる限りは、報道することが許されないことでもない。

3  右①及び②の事実を真実と信じたことについての相当性に関する判断を前提にしても、捜査当局が当時③及び④の見解の下に捜査をしているとの事実を裏付ける証拠はなく、記者の推測に過ぎなかったと解するほかない。その場合、控訴人共同通信社の初めの配信記事①の見出しのように「口封じに無言の圧力か」という程度の表現で右の推測を記事にすることは報道の許容範囲と認めることができる。しかし、続報③の「口封じを狙った陰湿な“脅迫”」という表現は許容範囲を逸脱したものというべきである。

五  争点5(通信社の抗弁)について

控訴人共同通信社らは、定評のある通信社の配信記事を実質的に変更を加えずに掲載した記事については、名誉毀損の責任を問われることはない旨主張するが、配信元の通信社の記事が信頼に値するという経験則が確立しているとはいい難いし、右通信社と同程度の取材組織を持つ大新聞社であっても名誉毀損の責任を間われることがあることは公知の事実であり、名の通った通信社の配信であるからといって配信先の責任を免除することはできない。右控訴人らは、配信先の報道機関には独自に配信記事の真実性について裏付け取材をする能力がないことを根拠として主張するが、それは自己の責任と危険負担において、その裏付け取材を省略して、通信社の配信記事を掲載することによって紙面を作成するシステムを利用して利益を受けているだけのことであって、そのことによる賠償責任のリスクを負うことは当然である。被害者の立場からみれば、配信先の報道機関を通じて当該記事が一般公衆に流布されることによって名誉を毀損されるのであり、直接の加害者はむしろ右報道機関である(後で認定するとおり同一の配信記事に基づく記事であってもその取扱いいかんにより名誉毀損の有無程度は異なる。)。また、控訴人らの右主張の法理が米国の判例法であるとしても、法制度が異なるわが国において、この法理を採用する余地はない。もちろん、後記のとおり誤った報道をした通信社と配信先の報道機関とは共同不法行為者となるところ、その内部求償における負担関係については別論である。したがって、右控訴人らの主張は採用できない。

六  争点6(当庁第二民事部判決に基づく主張)について

名誉毀損による損害賠償は、精神的損害に対する慰謝料であるが、その内容には主観的な名誉感情を害されたということに対する賠償という側面があるとともに被害者の客観的な社会的評価の低下ということに対する賠償という側面があり、その本体は後者にあると解するのが相当である。名誉感情を害されたことの損害は、名誉毀損の事実があったことを知ったときに発生するということができるが、客観的な社会的評価の低下による損害は、名誉毀損行為の当時に発生し、その時点での事情に従ってその程度は判断されるべきであって、その後にさらに被害者の社会的評価が低下したからといって、これが減少したり無くなったりするということにはならない(もちろん慰謝料額の算定に当たり事後の事情を考慮することができることは、また別のことである。)。したがって、控訴人らのこの点の主張は採用できない。

七  そこで、控訴人らの不法行為責任の有無及びその慰謝料額について検討する。

1 控訴人沖縄タイムスの本件掲載記事は、被控訴人が昭和六〇年四月から七月にかけてYの近辺で目撃されたという①の事実を内容とするもので、それ以前の脅迫行為があったという②の事実は掲載しておらず、その見出しも「Yの周辺うろつく」「甲野口封じに無言の圧力か」というもので、表現としても被控訴人の悪性を強調しようとする意図は窺われず、前記のとおり被控訴人が殴打事件の犯人であることの傍証となりうる事実ではあるが、前記認定の事実関係の下においては表現上許容範囲の範囲にとどまるものといえる。したがって、控訴人沖縄タイムスの本件掲載記事の掲載行為については、報道としての許容限度内にとどまり、不法行為責任は認められない。

2  控訴人茨城新聞社の本件掲載記事は、前記の①及び②の事実を報道するもので、その見出しは、「甲野、陰湿“口封じ”」「一美さん殴打 共犯・Yに圧力」「周辺うろつき脅迫も」というもので、「陰湿」という表現や配信記事にあった「口封じか」という表現をことさら「“口封じ”」という断定的表現を見出しにしており、周辺をうろついた行動を「脅迫」と断じている点などに加え、本文中でも「口封じを狙った陰湿な“脅迫”」という表現が用いられており、続けて記載されている「結婚話と報酬でYを誘う」という見出しの記事を併せて読むと、被控訴人の悪性をことさら強調した結果となっており、明らかに表現上許容された範囲を逸脱し、読者に断定的判断を与える結果になっていると認められる。したがって、控訴人茨城新聞社は、被控訴人に対する不法行為責任がある。そして、その賠償すべき慰謝料額は、本件掲載記事の内容、その発行地域(茨城県)、当時の発行部数(約一三万部)、本件掲載記事の掲載当時の事情及びその後の事情を総合考慮すると、金一〇万円をもって相当と認める。

3  控訴人福島民友新聞の本件掲載記事は、前記①②の事実を報道し、その見出しは、「甲野が“無言の圧力”」「Yの周辺うろつく 一美さん殴打事件」「捜査を察知、口封じ?」「只見の実家にも脅迫電話」というもので、「口封じ」という文言に疑問符を付けているものの、「只見の実家に脅迫電話」という見出しも加えていることから、被控訴人の行動がYに対する脅迫行為であることを強く印象づける結果となっている。特に、Yの実家に対する脅迫電話というものは、そもそも被控訴人がしたものと判断する根拠がないにもかかわらず、その点を見出しに掲げるという選択の仕方は極めて疑問である。また、本文中には「口封じを狙った陰湿な“脅迫”」という表現がある。そして「当初短銃射殺を計画」という見出しの記事をも併せ読むと、被控訴人が殴打事件の犯人であること及び被控訴人が共犯者Yに対して脅迫行為をしていたことを読者に強く印象づけるもので、控訴人福島民友新聞は、被控訴人に対する不法行為責任がある。そして、その賠償すべき慰謝料額は、本件掲載記事の内容、その発行地域(福島県)、当時の発行部数(朝刊約一六万部)、本件掲載記事の掲載当時の事情及びその後の事情を総合考慮すると、金七万円をもって相当と認める。

4  控訴人スポーツニッポンの本件掲載記事は、Yの自白内容を伝える記事に続いて、前記の①②の事実の概要を摘示し、その見出しは、「4〜7月にYの周辺に出没」「甲野が無言の圧力」というものである。見出しが「甲野が無言の圧力」という断定的表現になっているほか、本文中にはやはり「口封じを狙った陰湿な“脅迫”」の表現がある。したがって、全体の記事は、Yの自白を中心としたもので、被控訴人に対する名誉毀損の程度は希薄と認められるが、なお不法行為責任を全く否定することはできない。

右記事の内容、発行部数(約七八万部)、スポーツ紙であること、その他すべての事情を総合すると、その賠償すべき慰謝料額は、金三万円をもって相当と認める。

5  控訴人共同通信社は、本件各掲載記事の基礎となった本件配信記事を配信したもので、控訴人茨城新聞社、同福島民友新聞及び同スポーツニッポンの本件各掲載記事は、本件配信記事の内容からして予想外の内容となっているものとはいえないから、控訴人共同通信社の配信行為は右各掲載行為とそれぞれ共同不法行為の関係にあり、右各控訴人の本件掲載記事による被控訴人に対する名誉毀損について共同して不法行為責任を負うことになる。

八  争点7(損害の填補)について

控訴人共同通信社ら(控訴人沖縄タイムスについて損害賠償責任が認められないから、その関係では判断の限りではない。)は、東京タイムズ社の記事の掲載行為と本件各掲載記事の掲載行為とが共同不法行為関係になることを前提に東京タイムズ社の賠償責任の履行が本件各掲載記事による不法行為責任の履行に当たる旨主張する。

しかし、一つの報道機関が異なる地域に人の名誉を毀損する内容の同一の(ないしは同一内容の)記事を報道することは、一個の不法行為と評価することができるが、同一の配信記事に基づくとはいっても、別の報道機関が独自の責任で報道することは、それぞれ別個の行為であり、報道する地域が異なり、その報道の受け手(読者)が異なるとすれば、その報道内容が実質的に同一であったとしても、それは、それぞれ別個に損害が発生する人の名誉を毀損する行為であって、およそそのうちの一の報道機関がその報道によって発生した損害を賠償したからといって、他の報道機関が自らした報道によって生じた損害について責任を免れる筋合いはない。したがって、この点の主張はおよそ前提を欠き理由がない。

第四  むすび

以上の次第で、控訴人らの控訴に基づき、被控訴人の控訴人沖縄タイムスに対する請求は全部棄却すべきであるから、同控訴人敗訴部分を取り消してその部分の請求を棄却し、控訴人共同通信社、同茨城新聞社、同福島民友新聞及び同スポーツニッポンに対する請求はその認容額を原判決よりも減額すべきであるから、原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲葉威雄 裁判官塩月秀平 裁判官浅香紀久雄)

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